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【札幌】私的トラウマ試合ベスト5を書いてみる。

96年の創立から、厚別に通い現在までずっとコンサドーレを見てきた私ですが、良い思いをした試合もあれば、思い出すだけで吐きそうになる試合もあります。シーズン的に吐きそうになる試合はたくさんありますが…。例えば、降格が決まった試合とかね。そんなんはトラウマには入りません。降格決まった試合もシーズンのうちの1試合であり、一敗ですからね。個人的には特別な意味はありません。

もちろん個人的なトラウマ試合なので、共感などいりません。

ただ、勝ち負けで判断してるわけではなく、当時の自分の気持ちや、未だに鮮明に残ってる場面を中心にトラウマ試合を記録していきます。

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2001年5月3日 J1 1st 第7節 vs清水エスパルス@日本平
2-5⚫︎

これは、札幌史上最強の年の試合です。メンバーは2トップに播戸(現鳥栖。後に代表へ)とウィル(この年得点王)。トップ下に山瀬功治(現京都。この年の新人王。後に代表)やボランチに現在社長の野々村芳和やCBに名塚(現トップコーチ)などなど素晴らしいメンバーが揃い、監督が、岡田武史元日本代表監督でした。

そんな札幌は開幕から調子が良く、当時は磐田、鹿島、清水が強かったのですが、なんと札幌は磐田に次いで2位にまでつけるほど調子が良かったと記憶してます。
そんな中、当時小学校3年の私が初めて日本平に行って見ていた試合です。
強敵清水には、バロン、アレックス(帰化前の三都主)、澤登、市川、伊東輝など、タレント揃いのクラブでした。
当時ガキだったので、負けるわけないと思っていた私でした。試合が始まると、山瀬が先制点を上げて勝てるなと思っていたら、まあ立て続けに4点取られ、播戸だったかな?PKで返したんですが、さらに1点取られて、終わって見たら2-5で負けてました。悔しくて泣いたのは覚えてます。隣の知らないおっちゃんに慰められたのも覚えてます。
今も覚えてる、人生で1番悔しかった試合です。
小さいころの記憶が残ってるのは恐ろしいw
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2002年 8月17日 J1 1st 第15節 vs東京ヴェルディ1969@札幌ドーム
1-2v⚫︎

続いては、この試合。2001年、見事に残留したコンサドーレ
この年に、圧倒的弱さで降格します。メンバーも監督もごっそり抜けて、所謂暗黒時代の幕開けです。
債務超過が大々的に浮き彫りになったりね。
しかし、これは、結果云々ではありません。
当時小学校4年、サッカー少年の私にとって前年新人王の山瀬功治選手はヒーローでした。この年から10番を付けたので親に強請ってユニフォームを買ってもらったほどです。
そんな選手が、試合中に膝の十字靭帯断裂という大怪我を追います。
その瞬間を札幌ドームで見ていた私はショックで、一緒に見ていた父に山瀬が立ち上がらないので、必死にどうしたのか聞いていた記憶があります。
怪我した瞬間のプレーもしっかり記憶してます。
後ろからFW登録の桜井(だったかな?)に激しいタックルを食らい立ち上がれなくなり、途中退場しました。

その後、札幌での彼のプレーを見ることは無く、まさかまさかの浦和に移籍した時はさすがに傷つきました。でもまだユニフォームは大切にとってあります。いつかまた札幌に帰って来て欲しいなって10年くらい思ってます。(まあ、帰って来ないけど)
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2004年 6月23日 J2 第19節 vs川崎フロンターレ@等々力
0-6⚫︎

覚えてる方も多いと思います。
2002年に降格し、2003年、01年の得点王ウィル、セレソン経験者2名のベット、ホベルッチを擁した札幌でしたが、全員途中で各々退団し、3人揃ったのは室蘭開催の福岡戦(5-0で勝利。)。昇格できず、期待の若手今野泰幸(現日本代表)も退団。
名の知れたとこで言えば、残ったのは当時オリンピック世代の代表キーパー藤ヶ谷と相川進也砂川誠(柏から2年連続レンタル)くらい。
ただ、上里一将や途中から西嶋を獲得し、育成できたのは良かった。
まあ、この年のドン底っぷりは見てられないものでした。
それを象徴するかのような試合。
ただただボコられるだけの試合。試合後、FW堀井岳也とサポーターの喧嘩。なにもかもがバラバラでした。
この年に、柳下正明(現新潟)監督を3年契約で招聘し、五段階計画を遂行。簡単に言えば、借金やばいから選手雇えないからユースとか若手を育てていく。今年は我慢の年になるから頼む。ってもんでした。
2004年、J2最下位(44試合中わずか5勝)になりましたが、それだけじゃなかった。
ユース卒期待の若手FW新居と中尾が飲酒運転で事故を起こし、スポンサーが離れたと思います。(札幌セミナー様)
ただただ悪いところばかりが目立ったシーズンの象徴的な試合でした。
天皇杯はベスト8で大躍進でした。)
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2005年 11月23日 J2 第42節 vsヴァンフォーレ甲府@札幌ドーム
2-4⚫︎

説明いらずの伝説の糞試合。最低最悪の自滅。
後半ロスタイムまで2-1でリードし、対する甲府は昇格争い中。当時は入れ替え戦制で(J1の16位とJ2の3位がホーム&アウェイ方式で対戦)甲府は3位入り間近で負けられない試合でした。
札幌は6位辺りを彷徨ってました。
たあ、なんというか、本当自滅です。当時、前年までゴールマウスを守っていた藤ヶ谷をG大阪に引き抜かれ、代わりに藤ヶ谷とオリンピック代表正キーパーを争っていた広島の林卓人を獲得し、ゴールマウスを守ってもらっていたんだが、ロスタイムに敵FWにパントキック当ててあっさり失点したり、とにかく酷すぎるロスタイムだった。
私は腑煮えくり返って、録画していたビデオテープを引きちぎりました。
もうやめようこの試合の話をするのわ。

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2011年 11月20日 J2 第36節 vsザスパ草津@正田醤油
1-2⚫︎

絶対勝たなきゃならない、勝って当然だろって思っていたからこそのトラウマ。
残り3試合、全て勝たなきゃ昇格は厳しいと思っていた草津戦。
しかも、最終節は優勝したFC東京

先制して、1-0で後半ロスタイム

まあ、相変わらず勝負弱い札幌。あっさりロスタイム5分で2点取られて負けました。
草津で負ける印象が無かっただけにショックもでかかった。
サッカー怖すぎって思いましたね。

他にも長良川で0-3で負けた岐阜戦とか色々ありますが、また番外編みたいな感じで書いていこうと思います。